【浅田真央引退会見】速報(2)「5歳から26歳まで続けて来られた。全てがスケート中心の生活。私の人生です」(1/5ページ) – 産経ニュース

ふむ・・・


浅田真央の歩み
《会見は代表質問による質疑応答に移った》
–まずはお疲れ様でした。いまの心境は

「きょうこの場に入ったときにこんなにたくさんの方がいらっしゃってびっくりしました。今は少し落ち着いています」

–かけてもらって印象に残った言葉は

「たくさんの方が連絡をくださった。みなさん本当にお疲れ様と声をかけてくださった。選手生活終わるんだなという気持ちになりました」

–近しい人へは

「少し前に家族や友達に報告しました」

–印象に残る言葉はあったか

「みんな『お疲れ様、よく頑張ったね』と言ってくれました」

《終始笑顔を振りまき、晴れやかな表情で質疑応答が続く》
–どのくらいの時期からから引退を考えたか

「復帰してからいい形でスタートできたが、練習して試合に出るうちにいまのスケート界はすごい、私自身もついていけるか不安になりました。復帰前より辛いことが多かった。何とか1シーズン乗り切れましたが、2シーズン目からは何とか頑張ろうと思ってやってきました。最後の全日本選手権でいいんじゃないかと」

–迷いはなかったか

「やはり自分が復帰してから掲げてきた平昌に出る目標がありました。自分が言ってしまった。目標をやり遂げなければならない。葛藤はずっとありました」

–具体的にいつごろ決心したか

「全日本が終わって全て結果が出たときにもう終わったんだなと思いました。日がたつにつれて、自分が言ってしまったことはいままで最後までやり通してきた。やらなきゃいけない気持ちが強くてここまで伸びました」

–達成感は

「私はソチ五輪を最高の形で終えられました。体も気持ちもまだまだやれるという思いがあって、復帰しました。自分が挑戦してみて、気持ちも体も自分の気力も全部出し切ったのでいまは挑戦して何も悔いがありません」

–全日本選手権を振り返って

「最後になるのかなという気持ちはソチの世界選手権ほどではなかった。トリプルアクセルに挑戦して終えられたのは自分らしかったかな」

–初めてスケート靴を履いた日を覚えているか

「私は覚えていないのです。5歳だったので。ヘルメット、スキーウエア、肘当てをしていたのは覚えています。小さい頃、フィギュアスケートはいくつも技がある。その技ができるようになったのは楽しかった。次は2回転。次は3回転と」

–辛かったことは

「辛かったことはそんなになくて、やはりこの道を選んできたのも自分。自分がやりたいと望んでやってきた道なので」

–バンクーバー五輪で銀メダル

「バンクーバーは19歳だったが、すごく10代で若くて、本当に気が強くて、強い気持ちだけで乗り越えてきた」

-4年後のソチは

「ソチ五輪はやはりショートが残念な結果だったので、本当に気持ち的には辛い試合だったが、フリーでああいう形で最高の形で終えられて、バンクーバーからソチの思いを全て4分間に注ぎ込めました」

–2度の五輪

「今後の人生においていい経験、いい思い出だったのかな」

–3回の世界選手権優勝

「はい、そうですね。2回世界選手権で金メダル取ったときは全て五輪の後。五輪の悔しさを世界選手権で晴らせた。最後の世界選手権は自分の気持ちの中では最後と思って臨んだ。スケート人生の全てをプログラムにぶつけた。最後が一番思い出深い試合」

《水を飲むだけで無数のフラッシュが光った》
–最も印象に残っている演技は

「うーん、難しいですね、やっぱり一つというのは難しくて、でもやっぱりソチのフリーかなと思います。気持ちが今までの試合以上に落ち込んで辛い部分があったが、あれだけ挽回の演技ができたことで、そしてそれが五輪だったことが一番よかったと思います」

–2人のコーチについて

「(山田)満知子先生は小さい頃に指導を受けていました。スケートの楽しやさ挑戦する楽しさを教えてくれました。スケートだけじゃなくいろんなことを教えてくれました。佐藤(信夫)コーチには大人になってから指導を受けました。やはり自分の意思もすごく強いので先生といろいろ話し合いをする機会も多かった。自分の意見もしっかり聞いてくださって、それを静かに見守ってくれていた先生でした」

–復帰からの2年間について

「ソチ五輪のシーズンで世界選手権を終えて、自分が選手を終えていたらいまもまだできたんじゃないかなと思っていました。自分が望んでチャレンジして出した結果。今は本当にやり残したことがない。チャレンジできてよかったと思っています」

–今後のプランは

「まず本当にすぐ夏にあるのがザ・アイス。そこで選手生活を終えて、最初にみなさんの前で滑る。良い縁起を目指して頑張りたいと思います。やはり私は5歳からスケートを始めて今までスケートにお世話になりました。これからどんな形でもスケートに恩返したいと考えています」

–日本フィギュア界は浅田に憧れた選手がトップスケーターに育っている

「引退された大先輩の方を始め、私も引退することになりました。今までスケート界を引っ張ってこれたかなと思っています。若い選手がどんどん出てきています。若い選手が若いパワーでフィギュア界を引っ張っていってほしい」

–フィギュアとは

「どんな存在ですかね。難しいですけど、一言でいうと人生かな、と思います」

–自分をほめたい部分は

「私は結構飽きてしまうことが多いのですが、何でもすごくはまってしまうとすごくはまってしまうが、それがすぐに飽きちゃう性格。でもこのスケートは5歳から26歳まで続けて来られました。すごいね、続けて来られたね、とほめてあげたい。私の全てがスケート中心の生活だった。本当に私の人生です」

–ファンへ

「本当にたくさんのファンの方が私のことを応援してくださった。良いときも悪いときも応援してくれました。私もすごく励みになったし、パワーになりました」

=続く

情報源: 【浅田真央引退会見】速報(2)「5歳から26歳まで続けて来られた。全てがスケート中心の生活。私の人生です」(1/5ページ) – 産経ニュース

お湯彼様でした。