(迫真)電通事件の衝撃(1)「勧告で済まさない」 :日本経済新聞

はよ潰れろ。


午後9時すぎ、48階建ての電通本社(東京・港)。「あと1時間しかない」。フロアで社員が焦りながら仕事に追われていた。10月24日からの「全館10時消灯」。直前になると急ぎ退館する社員で入退場ゲートが混み合うのは、今や恒例だ。

「大変申し訳ありませんが……」。営業担当の30代の男性社員は取引先からの急な発注を断ることも珍しくなくなった。「以前なら大抵は受けていたが、深夜の対応はできないから」

かつては残業時間が労使合意の「月70時間」を下回るようしばしば少なく申告したが、11月は40時間台になりそう。自分に言い聞かせる。「納期は早め早め。余裕を持ったスケジュールに」。何とかやりくりする。

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度重なる厚生労働省の指導にもかかわらず、電通の違法な長時間労働はやむことがなかった。日本企業が安住してきた働き方の象徴というべき事案。捜査は異例の規模、スピードで進む。

昨年12月に新入社員、高橋まつりさん(当時24)が過労自殺し、三田労働基準監督署(東京・港)が労災認定をしたのは今年9月30日。2週間後の10月14日には任意の立ち入り調査「臨検監督」が本社などに行われた。

そして今月7日。本社と関西支社(大阪市)など3支社に、労働基準監督官ら総勢88人が一斉に家宅捜索に入った。臨検から1カ月もたっていない。監督官経験者ですら「通常は数カ月はかかる。今回は力の入れようが違う」と驚く。

電通では1991年に入社2年目の男性社員(当時24)が過労自殺し、最高裁が2000年に会社の責任を認めた。電通は労務環境の改善を誓ったはずだった。

ただ体質は改まらなかった。10年中部支社(名古屋市)、14年関西支社、15年本社……。いずれも長時間労働で地元労基署から是正勧告された。高橋さんの自殺は本社勧告の4カ月後だった。

「もう勧告では済まさない」。捜査を担うのは昨年4月に東京、大阪の労働局で発足した過重労働撲滅特別対策班(通称かとく)。ベテラン監督官らが集まるチームだ。電通から押収した出勤簿と入退館記録を照らし合わせ、残業の過少申告などをつぶさに調べる。かとくが動いた時点で会社や労務担当者らの刑事処分が視野に入る。

折しも、政府は働き方改革実現会議で生産性向上のための議論を進める。長時間労働の是正もテーマだ。10月に初めて「過労死等防止対策白書」を公表、11月は過労死の防止月間でもある。「一罰百戒」で強い姿勢を示すためにも電通捜査は最優先。「徹底的に究明する」。厚労相の塩崎恭久(66)の決意も固い。

一方で長年、長時間労働を改善できなかった行政側にも問題はなかったか。14日、全国の労働局長を集めた会議で厚生労働審議官の岡崎淳一(59)は厳しい表情で訓示した。「各事業場に是正勧告をしてきたが、企業そのものが変わっていなかったということは反省すべき課題だ」

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揺れる電通。社長の石井直(65)は家宅捜索を受けた7日、社員に「新しい電通をつくり上げよう」と硬い表情で呼び掛けた。長時間労働の背景に「いかなる仕事も引き受ける体質」などがあったとし、業務の削減・分散化を進めると説明。「意欲と真摯な姿勢」「プロフェッショナルの矜持(きょうじ)」も求めた。ただ社員からは「抽象的でイメージが湧かない」との声も漏れる。

仕事への影響も出つつある。「おたくは大変そうだね」。別の30代男性社員は取引先との話題が違法残業や強制捜査ばかり。非難とも同情ともつかず、肩身が狭い。ゴルフや飲み会といった付き合いは減り、「会社のイメージは悪くなったし、よそに仕事を奪われてしまう」と危機感を抱く。

日本では1916年施行の工場法で、初めて長時間労働対策が導入された。それから1世紀。今なお労災認定された過労死は昨年度で96人、過労自殺(未遂を含む)は93人を数える。

9日、厚労省主催の過労死関連のシンポジウムで、娘を失った高橋幸美(53)が500人を前に壇上に立った。「大好きで大切なお母さん、さようなら、人生、仕事のすべてがつらいです」。娘に送られた最後の言葉を涙ながらに読み上げた。

その死を無駄にしないため、企業の本気の取り組みを強く願う。「命より大切な仕事はない」

電通の違法残業を巡る事件は日本企業が抱える病巣を浮かび上がらせた。その余波を追う。
(敬称略)

情報源: (迫真)電通事件の衝撃(1)「勧告で済まさない」  :日本経済新聞

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