広島・新井が“絵本化”小学校時代から広島Vまでの奮闘記発売 – ライブドアニュース

ほぉ・・・


まさかあのアライさんが…。広島・新井貴浩内野手(39)が“絵本化”されることが24日、分かった。

絵本のタイトルは「新井貴浩物語 がむしゃらに前へ」。原作は児童文学作家・中野慶氏で、絵は広島在住の切り絵作家・吉田路子氏が担当した。小学校時代から広島の25年ぶりリーグ優勝までを描いた奮闘記で、プロ野球選手を扱った書籍は数あるものの、絵本は異例といえそうだ。

中野氏が新井の小学生時代の恩師・佛圓弘修氏(現広島都市学園大准教授)と知り合ったことがきっかけで、“新井少年”のエピソードなどを取材し、物語を煮詰めていったという。

昨年から書籍化の話が進み、今年に入り編集作業を開始。12月10日に発売される。

出版元「南々社」の編集担当者は「一人の子供が大人になるまでの成長を描いています。どちらかと言えば『大人向けの絵の物語』ですが、子供に読み聞かせをしたり、子育ての参考にしていただきたい」と語る。

“主人公”の新井は「(佛圓)先生は厳しくて優しい人。大人になっても阪神時代、広島時代とお付き合いをしている。信頼しているし、お話をいただいて『自分でよければ』とOKした。『先生にお任せするんで好きにしてください』と話しました」と経緯を振り返る。

読んだ子供たちが野球を始めるきっかけにもなりそうだが、新井は「普通に読んで楽しんでもらえればいい」と話す。

今季は通算2000安打、300号本塁打と数々の偉業を達成してきたが、出版界でもある意味インパクトを残す年となりそうだ。

新井貴浩物語 – 図書出版 南々社

絵本「新井貴浩物語」

情報源:広島・新井が“絵本化”小学校時代から広島Vまでの奮闘記発売 – ライブドアニュース


どのツラ下げて帰ってくるんじゃ—。罵られても仕方がない。それでも、再び受け入れてくれたファンの思いに応えるには、勝つしかない。覚悟を胸に古巣に戻り、チームを頂点に導いた男の軌跡。


「裏切り者」の烙印

悲願の25年ぶりの美酒に酔い、9月15日の昼に優勝後初めて凱旋した広島カープナインの乗る新幹線をJR広島駅で待ち受けていたのは、1500人を超えるファンの大歓声だった。

「よく頑張った!」

「ありがとう!」

ファンのあまりの熱狂ぶりに、選手たちも驚きの表情を隠せない。

中でも、この光景を一番信じられなかったのは、新井貴浩(39歳)かもしれない。

新井の最初のカープ在籍時代、二軍監督や一軍内野守備走塁コーチとして入団時から指導してきた山崎隆造氏が言う。

「出戻りという難しい立場からスタートして、実力でレギュラーを獲得し、チームを栄光に導いた。本当に、よく頑張ってくれたと思います」

新井が、長らく下位に沈む広島を捨て、阪神へのFA移籍を決断したのは’07年のオフのこと。

「つらいです。カープが好きだから……」と声を詰まらせ、「喜んで出て行くわけではない」とまで言い残すなど、カープへの未練を涙ながらに語った。

明けて’08年4月1日の広島戦。阪神に移籍してはじめての広島市民球場(当時)での試合。

試合開始前の打撃練習を終えた新井に、スタンド最前列に座る1人のカープファンが叫んだ。

「新井ーっ、裏切り者!」

異様な空気にスタンドがシンと静まり返るなか、なおもファンの叫び声が響く。

「裏切り者ーっ!」

周囲が早く阪神ベンチに入るように促すなか、新井はベンチ前でピタリと足を止めると、スタンドをじっとみつめ、叫び声がやむまでずっと立ち尽くしていた。

スポーツ報知元記者で半世紀近くに渡ってカープを取材してきた駒沢悟氏が回想する。

「そんなにカープが好きなら、なぜ出ていくのか、とファンは憤っていました。駒沢大学時代、実力がプロのレベルにないと言われていた新井を、カープはドラフト6位で獲得し、猛特訓で本塁打王を獲得するスラッガーにまで育て上げた。

その過程をずっと見てきたファンの新井への思い入れは相当なものがあります。愛情が深いぶん、出ていくと言われて『裏切られた』という気持ちになるのも無理はない」

広島に生まれ、自身も物心ついたときからカープファン一筋という新井が苦渋の決断をした陰には、低迷するチームの状況、そして何より、兄と慕う現阪神監督・金本知憲の存在があった。

「入団当初からシゴきにシゴかれていた新井を折に触れ気にかけていたのが金本でした。食事に連れて行っては、『お前が生き残るには、キツイ練習にも耐えるしかないんじゃ』と励まし続け、二人でジムに通い、人知れずマンツーマンでバッティングフォームをチェックしていた」(駒沢氏)

誤解された阪神時代

広島の球団関係者が続ける。

「実は、新井は甘えたがりの性格。彼自身も認めていますが、誰かにやらされれば猛練習も耐えられるけれど、自分で自分を極限まで追い込めるタイプではない。

そんな彼にとって、愛情をもって叱咤してくれる金本は、精神的支柱であり、絶対的な存在。世間で言われるような、仲の良い先輩・後輩関係だけでは語れないものがあります」

その金本が阪神へFAしたのが’02年オフ。残された新井は以後ずっと、「もう一度、金本さんと野球がしたい」という気持ちを抱き続けていた。

だが、新井の意志を聞いた当の金本は、移籍を思いとどまるよう、繰り返し言い聞かせたという。

「スタンドから飛ぶヤジ、手厳しい報道。阪神をとりまく雰囲気は、12球団の中でも異様。精神力が強靭な金本でさえ、重圧に悩んでいた。自身が苦しんだからこそ、『お前のメンタルじゃ、阪神でやっていくのは無理や』と、新井の移籍に反対していた」(スポーツ紙記者)

金本の予想は的中する。

移籍した’08年は当初こそ、金本との3番、4番コンビで首位快走の原動力となったが、夏に出場した北京オリンピックで腰の状態が悪化、腰椎の疲労骨折と判明し後半戦を棒に振る。

新井の離脱が響いたチームも巨人に最大13ゲーム差を逆転され、クライマックスシリーズ(CS)でも第一ステージで敗退。その後のシーズンは20本塁打をクリアすることさえできず、’05年の本塁打王として期待された成績を収められない時期が続いた。

阪神の監督として新井を獲得した岡田彰布氏が言う。

「本人はもっと引っ張ってホームランを打ちたいという気持ちはあったはずだけど、広い甲子園で勝つために、アイツは文句も言わずチームバッティングに徹していた。そういう男なんです」

だが、ファンの間に定着してしまった「新井は肝心なところで打てない」というイメージを払拭するのは難しかった。

「’11年には打点王も獲得しているし、いま振り返れば、決してひどい成績ではありません。それでも、屈辱的なヤジを浴びせられ続け、あれだけ明るい男が、顔を合わせるといつも落ち込んでいました」(前出・駒沢氏)

そして、’14年のシーズン、新井に見切りを付けた阪神が主砲として獲得したゴメスが打点王を獲得。鬼門だったCSでも巨人に4連勝し日本シリーズ出場を果たした。だが、控えに回り、活躍の場面がなかった新井は、蚊帳の外にいた。

崖っぷちで抱いた決意

慕っていた金本も’12年にすでに引退し、新井が阪神にいる意味はもはやなかった。もう一度レギュラーとして戦える場所を求めた新井は’14年のオフ、自ら自由契約を申し出て、了承される。

この時、37歳。新井の復活は厳しいと誰もが思っていたなか、獲得に名乗りを挙げたのが、他ならぬ古巣の広島だった。

金本をはじめ、巨人に移籍した川口和久や江藤智など、広島からFA権を行使して他球団に移籍した選手で、復帰した例はない。現監督の緒方孝市や前田智徳、野村謙二郎など、ファンから愛され続けているのは、いずれもFA権の行使を思いとどまり、野球人生を広島に捧げた選手たちだ。

「実際、新井の復帰が発表された当初、広島の街では『何をいまさら』という声が相当大きかった。生え抜きとして目をかけられていたのに、選手として一番脂が乗り切っていた時期にチームを捨てて出ていった。その『裏切り者』に全盛期を過ぎて『戻ってきます』と言われたところで、ファンの感情としては簡単には受け入れがたかった」(前出・スポーツ紙記者)

そんなファンのわだかまりと、その裏にある愛情を一番良く理解しているのは、他ならぬ新井自身だった。

前出の山崎氏が言う。

「’15年シーズンの開幕前、新井と一緒に食事をしたんです。『僕は広島のファンに受け入れてもらえるでしょうか』と言うので、『なに言ってるんだ、よく帰ってきたな』と。

当時は一塁に新外国人のグスマンがいて、新井はレギュラーどころか一軍が約束されているわけでもない。崖っぷちから、もう一度実力で、ファンに認めてもらわなくてはいけない。相当の悲壮感が伝わってきました」

恩返しはまだ終わっていない

「裏切り者」の自分が、どうしたらファンに受け入れてもらえるのか。自分に出来ることは何か。悩んだ末に新井が選んだ道は、カープへの愛情を姿勢で示すことだった。

「練習嫌い」とまで評された男が、キャンプの初日から特守を志願し、若手と一緒に居残りの特打ちにも参加した。加齢とともに失われていく体力を補うために、坂道でのダッシュを繰り返す。歯を食いしばり、復活への意地を見せ続けた。

「年齢が年齢ですし、当然満身創痍の状態でやっている。それでも決して弱音を吐かない。相当の決意で臨んでいるのが伝わってきました。

開幕当初は代打からの出発でしたが、ベンチで一番に声を出し、チームを盛り上げる。愚直なまでにひたむきな新井の姿に、頑なだったファンの心も少しずつほぐれていきました」(前出・山崎氏)

グラウンド外でも菊池涼介や田中広輔ら若手を積極的に食事に連れ出してコミュニケーションを図る。常に「アニキ」金本の後ろを歩いてきた男が、同じく広島に復帰した黒田博樹とともに、はじめてチームの先頭に立っていた。

「新井ーっ、打たなきゃ承知せんけぇ」

若いチームをがむしゃらにひっぱる新井の姿に、いつしかヤジは厳しいながらも温かみのあるものへと変わっていった。

〔PHOTO〕wikipediaより

昨シーズン、広島の打撃コーチを務めていた新井宏昌氏が言う。

「去年の彼は、やはり固さが残っていました。実績ある選手ですから、技術についてこちらから注文をつける部分はない。彼はひとり、プレッシャーとの孤独な闘いを続けていた。それが徐々にチームに溶け込み、伸び伸びとやれるようになり、今季は見違えるように実力を発揮しています」

自らが最も愛するチームに戻り、ファンに赦され、心身ともに万全の状態で臨んだ今季、新井が歓喜の輪の主役になるのは必然だった。

前出の岡田氏が言う。

「今年になってから新井と話したら、阪神にいたときに比べて、やたら明るい雰囲気になっていた。ああ、やっぱりコイツには広島の水が一番あっている、戻って正解だったんやなあ、と思いました」

今季は開幕からスタメン出場を続け、ベテランらしいつなぎの打撃で菊池や丸佳浩、鈴木誠也など若手の力を引き出し、勝利に貢献し続けた。

そして、運命の日——。

「正直、すごくしんどかったので、いろんなことが……苦しかったこと、悔しかったことが頭の中を駆け巡って……」

9月10日、東京ドームでの巨人戦でセ・リーグ優勝を決めた夜、記者会見で新井は目を潤ませながら語った。

前出の山崎氏が言う。

「あの夜、新井に『おめでとう、よく頑張った、ありがとう』とメールをしたんです。そしたら、忙しいだろうに、すぐに律儀に返事をくれて、『ありがとうございます。まだ次がありますので、頑張ります』と」

屈辱を耐え一回り大きくなった男は、ファンに捧げる32年振りの日本一を、眈々と狙っている。

「週刊現代」2016年10月8日号より

情報源: 「出戻り」新井貴浩、屈辱と意地の物語 〜裏切り者の烙印を押されて(週刊現代) | 現代ビジネス | 講談社(1/3)


一時期は裏切り者とも呼ばれた新井がなぁ・・・