原爆供養塔の母佐伯敏子さん死去

97歳か・・・


原爆供養塔の母佐伯敏子さん死去

原爆で犠牲になったおよそ7万人の遺骨が眠る広島市の平和公園の原爆供養塔で40年間にわたって清掃活動を続けるとともに被爆体験を語り続けてきた広島市の佐伯敏子さんが3日、広島市内の病院で亡くなりました。97歳でした。

佐伯さんは原爆が投下された8月6日、広島市郊外にいて直接の被爆は免れましたが、家族を探すために市の中心部に入り、被爆しました。

母や兄など13人の家族を失い、自らも長年、原爆症に苦しみました。

佐伯さんは、広島市の平和公園にある原爆供養塔の清掃を40年間、毎日続け、焼け跡で母親を探し回った経験から、身元のわからないおよそ7万人と、名前が明らかになっていながら引き取られていない815人の遺骨を遺族の元へ返す活動を続けてきました。

また、次の世代に語り継ぐため、供養塔を訪れる人たちに被爆体験を伝える証言活動も行っていました。

20年前に体調を崩して供養塔に通えなくなってからも、佐伯さんは入所する介護施設を訪ねてくる人たちに被爆体験を語り続けてきましたが、最近は1日の大半を眠って過ごし、証言することも難しくなっていました。

ことし7月のNHKの取材に対して佐伯さんは「人間が作って人間を殺す爆弾なんてもう私たちだけで終わってもらいたいと願っております」と言葉を寄せていました。

佐伯さんは、広島市内の病院に入院していましたが、3日未明、97歳で亡くなりました。

情報源:原爆供養塔の母佐伯敏子さん死去|NHK 広島のニュース


広島市中区の平和記念公園の一角にあり、身元不明者や引き取り手のない約7万人分の遺骨が眠る原爆供養塔に、約40年にわたって通い続けた被爆者の佐伯敏子(さいきとしこ)さん=同市東区=が3日未明、心不全のため広島市内の病院で死去した。97歳だった。葬儀は近親者で営まれた。

佐伯さんは1919年、広島市生まれ。夫の出征後、爆心地近くの実家で暮らしていたが、当時4歳の息子の疎開先だった郊外の親族宅に原爆投下前日から身を寄せ、直接の被爆は免れた。ただ、原爆投下直後に家族を捜すため、広島市内に入って被爆。原爆投下から70日余りで、母や兄妹、夫の両親ら親族計13人を失った。

いったんは夫の仕事の都合で広島を離れたが、58年に再び広島へ。原爆供養塔の存在を知り、塔を守ろうと草むしりなどの掃除をするようになった。当時は見つからなかった夫の両親の遺骨が69、70年に相次いで見つかり、区切りにしかけたが、「自分の家族が見つかったからやめるのはおかしい」と息子に言われ、掃除を続けた。

「死者たちに言葉があるとしたら、何を私たちに話したであろうか」

その後も毎日喪服を着てバスで1時間以上の距離を通い、掃除をしたり、「若い人たちに戦争をかっこいいものと勘違いされたら困る」との思いから、修学旅行生らに原爆について語ったりした。

また、一人でも多くの遺骨を家族の元にかえそうと、遺族捜しにも奔走。その活動が知られるようになり、遠方からも佐伯さんの話を聞きに多くの人が訪れるようになった。被爆者団体などとは一線を画し、独自に被爆証言を続け、2005年には広島市民賞を受賞。その半生は朗読劇にもなり、各地で演じられてきた。

1998年に脳梗塞(こうそく)で倒れ、近年は広島市内の介護施設で寝たきりの生活を送っていた。その後もメディアの取材に応じ、「70年がたったと言うけれど、被爆した者にとっては毎日があの日」「世界にあの恐ろしい人殺しの道具がなくなるまではヒロシマは歳(とし)を取らない、取らせたら困る」と、原爆の風化にあらがい、語り続けてきた。

今年9月下旬に体調を崩し、広島市内の病院に入院していた。

佐伯さんの被爆体験などを「原爆供養塔 忘れられた遺骨の70年」(2015年、文芸春秋)にまとめ、大宅壮一ノンフィクション賞などを受賞した元広島テレビ記者のジャーナリスト堀川惠子さんは、佐伯さんが亡くなる1週間ほど前に見舞いに訪れた。会話はできない状態だったが、別れ際に佐伯さんが手を握ってきたといい、「最後まで思いやりを忘れない人だった」。核兵器廃絶の取り組みが政治的運動の側面を帯びていると指摘したうえで、「そういうものを乗り越えた世界で、ひとりで活動するのは大変だったと思うが、本当の意味で『死者』と向き合ってきたのだと思う」と悼んだ。(宮崎園子)

〈原爆供養塔〉 供養塔がある場所は原爆投下前は寺の境内で、被爆後に多くの犠牲者の臨時火葬場となった。その後、近くに供養塔や納骨堂が作られた。一帯は1954年に平和記念公園になり、広島市と民間組織の「広島戦災供養会」などが55年、引き取り手のない遺骨を納める新たな供養塔を建てた。供養塔の地下の納骨堂には、引き取り手のない約7万人分の遺骨がある。

情報源:原爆供養塔の守り人・佐伯敏子さん死去 97歳 (朝日新聞デジタル) – Yahoo!ニュース

情報源:原爆供養塔の守り人・佐伯敏子さん死去 97歳:朝日新聞デジタル


ご冥福をお祈りいたします。