【歴史戦】「軍艦島は地獄島…」韓国映画・絵本が強制徴用の少年炭鉱員を捏造 憤る元島民たち「嘘を暴く」(1/5ページ) – 産経ニュース

創作が事実になる国「韓国」


元住民達が訪問した端島(軍艦島)=1月7日、長崎市(田北真樹子撮影)

「1945年、日帝占領期、われわれはそこを地獄島と呼んだ」

こんな宣伝文句がつけられた韓国映画のポスターが1月下旬に公開された。映画の題名は『軍艦島』(監督・柳昇完)。「強制徴用」された朝鮮人たちが「生命を賭して脱出を試みる」という映画だ。

あわせて公表された映画の予告編では、海底炭鉱で腰すら伸ばせないような場所で体を縮ませたまま採掘作業をする朝鮮人少年たち、ガス爆発の危険にさらされながら作業する人たちの姿が映り、そして「ここの出来事を記憶する朝鮮人たちは一人たりとも残してはいけない」という日本語のせりふが流れる。今夏公開予定という。

端島(軍艦島)に上陸する元島民ら=1月7日、長崎市(田北真樹子撮影)

慰安婦の次は…

映画だけではない。昨年韓国では児童用絵本『軍艦島-恥ずかしい世界文化遺産』(尹ムニョン作、ウリ教育)も刊行された。

「戦争を引き起こし狂気の沙汰であった日本は、朝鮮半島から幼い少年たちまで強制的に日本に連行したのです。(中略)目的地も告げられずセドリ(主人公の少年の名前)が連れて行かれた場所は、まさに地獄の島『軍艦島』でした」

映画同様、ここでも「地獄島」という言葉が使われている。絵本では「幼い少年たちが地下1000メートルにまで降りて、日本が戦争の資源として使う石炭を掘らなければならなかったのです」と記している。

少年たちが鉄格子の檻に収容されている様子も描かれている。

「少年たちはまさに死の恐怖の中で日々を耐えなければなりませんでした」

鉄格子の檻の外壁にはハングルで「お母さん、会いたいよー」「おなかがすいたよ ふるさとに帰りたいよー」と書かれている。

首都大学東京名誉教授、鄭大均はシンクタンク「日本戦略研究フォーラム」の時事論考で「戦時期の日本の炭鉱にあどけない『朝鮮人少年坑夫』など存在しなかったことは関係者なら誰でも知っている」と批判した。

鄭は絵本になぜ朝鮮人少年が登場するかを次のように分析する。

「絵本が出た2016年に関係している。朝鮮人慰安婦が『少女像』として脚光を浴びていた時代であり『朝鮮人少年坑夫』はその『少年版』なのだろう」

戦後、長らく忘れられた存在だった「軍艦島」として知られる端島(はしま)に世界の注目が集まったのは、端島炭坑(長崎市)など「明治日本の産業革命遺産」が15年7月に国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界文化遺産として登録されることが決まったからだ。

韓国は官民を挙げて阻止に動いた。映画や絵本はその運動の一環だ。こうした「事実と違うことには反論しなければならない」と立ち上がったのが元島民たちだった。

船上から端島(軍艦島)を臨む元住民=1月7日、長崎市(田北真樹子撮影)

「事実と違う」

1月7日朝。長崎港から約19キロの沖合にある端島に8人の元島民が上陸した。一時雨との予報も出ていたが、空は晴れ上がり、波もほとんどなく、“里帰り”を歓迎しているかのようだった。

「死ぬ気で来たよ」

宮崎県在住の元坑内員で朝鮮半島出身者や中国人とも働いた松本栄(88)は冗談を言いながら、娘たちに脇を抱えられながらゆっくり下船すると、眼前に広がる風景に目を細めた。

軍艦島は面積約6万3000平方メートル。南北に約480メートル、東西に約160メートル、周囲約1200メートルという東京ドームの約1.3個分ほどの大きさの島だ。最初の竪坑建設に着手した1869(明治2)年から、1974(昭和49)年に閉山するまで多くの人が生活した。

最盛期の人口は約5300人。小さい島の限られた空間を埋めるように日本初の鉄筋コンクリート造りの高層アパートが建設された。当時の東京の人口密度の9倍だったという。

船上から端島(軍艦島)を眺める元住民=1月7日、長崎市(田北真樹子撮影)

有刺鉄線はなかった

閉山から43年。建物の多くは朽ち、崩壊していた。松本は「この辺には何があったかな」と、時折つぶやきながらゆっくりと島内を歩いた。

松本が他の元島民らとともに立ち止まった場所があった。かつて中国人労働者が生活していた建物があったという場所の前だ。今は空き地になっている。

「中国人は100人ぐらいしかいなかった」「ここに200人の中国人が入る家屋があったというが、そんなに多くの人は入らないよ」「1部屋に入るのはせいぜい10人ぐらいだった」

中国人労働者を閉じ込めるために有刺鉄線が敷かれていたという話もあるが、松本は「有刺鉄線はなかった」と話す。

朝鮮半島出身者の子供は日本人の子供と同じように学校に通い、机を並べて勉強した。アパート内には朝鮮半島から来た家族も多く入居していたという。

そのうち、元島民の一人が島の上にある真っ白な灯台を指さした。

「戦前、端島は不夜城のように明るかったから灯台なんて必要なかった」

だが、韓国で出版された児童用絵本『軍艦島-恥ずかしい世界文化遺産』には、灯台から3本の光を発している絵が描かれている。「絵本は明らかに事実と違う」と元島民たちは口々に反論した。

端島(軍艦島)に上陸する元住民=1月7日、長崎市(田北真樹子撮影)

録画で記憶を残す

端島を訪問した元島民たちは長崎市内のホテルでほかの元島民らと合流し会合を開いた。出席者からは故郷である端島が国内外にゆがめて伝えられていることへの憤りの声が相次いだ。

「端島について書かれた本を読むと端島が(ナチス・ドイツによる)アウシュビッツ収容所と同一だと書いてあり、頭にきた。本に書いてある嘘を暴いて、これが真実であると国内外に言わなければいけない」

「朝鮮人労働者が虐待されたという話ばかり。欺瞞と虚偽と誇張に塗り込まれた記事が横行していることに憤りを感じる」

「日本は事実を明確にして反論しなければいけない。慰安婦問題もそうだが、日本は事なかれ主義できたが、もう少し毅然と事実を明らかにして言うべきことは言うという姿勢で臨んでいきたい」

「韓国では端島を『監獄島』『地獄島』と言っているそうだが、われわれはそんなところに住んだ覚えはない。日本で重い罪を犯して無期懲役を受けた者が軍艦島に来ていると書かれているが、私たちは違う」

真実を伝えるには、端島で生まれ育った自分たちが口を開くしかない。こうした思いに突き動かされた元島民たちは「真実の歴史を追求する端島島民の会」を1月23日に設立した。

当時のことを記憶する元島民たちの証言を動画で記録するなどして、後世に「正しい端島の歴史」を伝える考えだ。

炭鉱労働者たちの証言記録を集めている内閣官房参与の加藤康子は会合で「皆さんの一次証言や一次資料が何よりも一番重要な真実を語る。それをそのままの形で残していきたい」と述べ、元島民や家族に協力を求めた。

=敬称略

(有元隆志、田北真樹子)

端島(軍艦島)に上陸する元住民ら=1月7日、長崎市(田北真樹子撮影)

【用語解説】朝鮮人徴用

端島など「明治日本の産業革命遺産」のユネスコ世界文化遺産登録をめぐり、韓国側は「強制労働」という言葉を盛り込もうとした。だが、徴用は国民徴用令に基づいており、当時の国際法上違法ではなかった。そもそも請求権問題は、1965年の日韓請求権協定で最終的に完全に解決済みである。ただ、日本側は韓国に配慮し「朝鮮半島などから多くの人が意思に反して連れてこられ、厳しい環境で労働を強いられた」と表明した。

情報源: 【歴史戦】「軍艦島は地獄島…」韓国映画・絵本が強制徴用の少年炭鉱員を捏造 憤る元島民たち「嘘を暴く」(1/5ページ) – 産経ニュース

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